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東電旧経営陣4人に計13兆円余賠償命令 株主代表訴訟 東京地裁

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東電旧経営陣4人に計13兆円余賠償命令 株主代表訴訟 東京地裁

福島第一原発の事故で多額の損害を被ったとして、東京電力の株主が、旧経営陣5人に対し22兆円を会社に賠償するよう求めた裁判で、東京地方裁判所は元会長ら4人に合わせて13兆3000億円余りの賠償を命じる判決を言い渡しました。
原発事故をめぐり、旧経営陣の民事上の責任を認めた司法判断は初めてで、賠償額は国内の裁判では過去最高とみられます。

東京電力の株主たちは、原発事故が起きたために廃炉作業や避難者への賠償などで会社が多額の損害を被ったとして、勝俣恒久 元会長ら旧経営陣5人に対し、22兆円を会社に賠償するよう求めました。

裁判では、国の地震調査研究推進本部が2002年に公表した「長期評価」の信頼性と、巨大津波原発を襲う可能性を旧経営陣が認識し、適切な対策をとったかどうかが、主な争点となりました。

株主側は、長期評価は信頼できるとしたうえで「旧経営陣は巨大津波原発を襲う可能性を事前に認識していて、必要な対策をとるべきだったのに怠った」と主張。

一方、旧経営陣側は、「長期評価の信頼性は低く、巨大津波による被害は予測できなかった。仮に予測できていたとしても対策は間に合わなかった」として、責任はないと主張しました。

13日の判決で東京地方裁判所の朝倉佳秀裁判長は、勝俣恒久元会長と清水 正孝元社長、武黒一郎元副社長、それに武藤栄元副社長の4人に、合わせて13兆3210億円の賠償を命じました。

判決は、「原子力事業者として求められる安全意識と責任感が根本的に欠如していたと言わざるをえない」と指摘しました。

原発事故をめぐり、旧経営陣の民事上の責任を認めた司法判断は初めてで、賠償額は国内の裁判では過去最高とみられます。

原告団「社会的責任を認定してくれた」

判決のあと、原告団東京地裁の前で「株主勝利」と書かれた紙をかかげ、支援者たちに報告をしました。

原告の1人は「取締役たちの安全意識や責任感が根本的に欠如していたということを裁判所は、はっきり言いました。会社を運営するということは、社会的責任をともなうということを認定してくれました」と声を震わせながら語りました。

また、海渡雄一弁護士は、判決について「裁判所の東電に対する激しい怒りがはっきり示されていて、画期的だ」と述べた上で、来年1月に判決が予定されている旧経営陣3人に対する刑事裁判の控訴審についても「決定的な影響を与えるだろう」という見解を示しました。

東京電力「改めて心からおわび申し上げます」

 
判決について東京電力は、「個別の訴訟に関することは回答を差し控えさせていただきます」としたうえで、「原発事故により、福島県民の皆さまをはじめ、広く社会の皆さまに大変なご迷惑とご心配をおかけしていることについて、改めて、心からおわび申し上げます」とするコメントを出しました。

勝俣元会長と清水元社長の代理人弁護士「コメント差し控える」

判決について、東京電力勝俣恒久元会長と清水正孝元社長の代理人をつとめる弁護士は「判決内容を精査できていないので、コメントは差し控える」としています。

福島の集団訴訟 原告団長「よく賠償責任認めたと思う」

先月、最高裁で判決が言い渡された福島県内の原発避難者の集団訴訟原告団長を務めた中島孝さん(66)は、「よく賠償責任を認めたと思う。自己破産してしまうような金額だが、廃炉にかかる膨大な費用を考えると素直な判断だと思う。上告するだろうが、2審の高等裁判所もこの判断を踏襲してほしい」と話していました。

そのうえで、「原発事故から11年たったが、被害は広く、深く、長い。処理水が海洋放出されれば福島の命運は尽きると思う。国も含めて、この事故の原因やいきさつを検証し、反省するプロセスが引き続き求められるので、司法には頑張ってもらいたい」と語りました。

福島 いわき市民は

東京電力の旧経営陣4人に巨額の賠償を命じる判決が言い渡されたことについて、福島県いわき市で聞きました。

市内の64歳の会社員の男性は「刑事裁判では無罪判決が出ていたが、予期しない事象であってもある程度の準備はできたのではないかと思うので今回の判決は妥当だと思う」と話していました。

61歳の会社員の男性は「危険があることが事前にわかっていたので、賠償の支払いを命じる判決が出たのだと思う。電力事業者は安定供給のためにしっかりとした対策をしてほしいと思う」と話していました。

一方、市内で飲食店を経営する69歳の男性は「自分もあのような津波が来るとは思っていなかったので、旧経営陣だけに責任を負わせるのはどうかと思う」と話していました。

萩生田経済産業相「いかなる事情よりも安全性を優先させる」

オーストラリアに出張中の萩生田経済産業大臣は、「個別の訴訟における判決についてのコメントは差し控えるが、今後も原子力を活用していくうえで安全神話に陥って、悲惨な事故を防ぐことはできなかったという反省を忘れることなく、いかなる事情よりも安全性を優先させ、国民の懸念の解消に全力を挙げていきたい」と述べました。

官房長官「国民の懸念解消に全力挙げていく」

松野官房長官は午後の記者会見で、「個別の訴訟の判決でコメントは差し控える。今後も、原子力を活用していく上では安全神話に陥って悲惨な事故を防げなかったという反省をいっときたりとも忘れることなく、いかなる事情よりも安全性を優先をさせ、国民の懸念の解消に全力を挙げていく」と述べました。

また、今回の判決が政府の原子力政策に影響するかどうか問われ、「原子力発電所の再稼働は、原子力規制委員会が新規制基準に適合すると認めた場合に、その判断を尊重し、地元の理解を得ながら進めるのが政府の方針だ」と述べました。

勝俣恒久 元会長

勝俣恒久 元会長は東京都出身の82歳。

1963年に東京電力に入社後、企画部長や常務、副社長を経て、2002年に原子力発電所のトラブル隠しの不祥事を受けた刷新人事で社長に就任。

在任期間中、経団連の副会長や電気事業連合会の会長を務め、政財界に大きな影響力を持っていました。

2007年には新潟県中越沖地震の影響で柏崎刈羽原発が7基全て停止し、燃料費コストが大きく膨らむなど28年ぶりの赤字を計上する中、2008年に社長を退きました。

その後、会長となり、2011年3月の福島第一原発事故の際、体調不良で入院した当時の清水社長に代わって指揮を執ったほか、事故後の賠償をめぐって政府と交渉にあたるなど、引き続き存在感を発揮しました。

しかし、原発事故により東京電力は巨額の赤字を抱えることになり、公的資金の投入など経営再建策に理解を得たい政府の意向で2012年に会長を退任しました。

勝俣 元会長は、これまでの裁判の中で原発に大きな津波は来ないと思っていたと述べたうえで、国の地震調査研究推進本部の「長期評価」や、巨大な津波が押し寄せる可能性があるとした想定などについて「知らなかった」と繰り返し主張していました。

清水正孝 元社長

清水正孝 元社長は神奈川県出身の78歳。

1968年に東京電力に入社し、資材部長や副社長などを務めたあと、2008年に勝俣氏の後継として社長に就任。

福島第一原発の事故発生時は社長でしたが、周辺の住民が避難を余儀なくされるなど多大な損害を与えた経営責任をとって事故からおよそ3か月後、退任しました。

これまでの裁判では、福島第一原発の事故の前に津波について安全性に危惧があるという報告や説明を受けたことはないと主張しました。

また事故について謝罪した一方で「安全性をないがしろにして設備投資を惜しんだことはない。誠心誠意、業務に努め、取締役としての注意義務を果たしてきた」と証言していました。

武黒一郎 元副社長

武黒一郎 元副社長は東京都出身の76歳。

1969年に東京電力に入社し、柏崎刈羽原発の所長などを務めたあと2005年から原子力部門のトップ、原子力・立地本部長を務めました。

2007年に起きた新潟県中越沖地震では、副社長として、全基が停止し火災も発生した柏崎刈羽原発の再稼働に向け、復旧作業を指揮したほか、地元での説明にあたりました。

この過程で当時社長だった勝俣氏も出席する通称「御前会議」を開催。

この場で福島第一原発に敷地の高さを超える津波が来るという計算結果があることが報告されたとされています。

2010年には副社長を退任し、福島第一原発の事故の際は、社長を補佐するフェローとして、総理大臣官邸に派遣され、政府との連絡役を担いました。

これまでの裁判では津波への対策がとられなかったことについて「試算値の根拠はあいまいで、対策という次のステップに進むのは望ましくないと考えた。安全に影響があるかきちんと確認したかった」と証言しています。

武藤栄 元副社長

武藤栄 元副社長は東京都出身の72歳。
1974年に東京電力に入社し、原子力技術課長や原子燃料サイクル部長など原子力部門の中枢を歩み、2005年に原発の安全対策を担当する原子力・立地本部の副本部長に就任。
2010年には副社長となり、武黒氏のあとを受けて、原子力部門トップの本部長に就任しました。
武藤元副社長は原子力に関する高い専門知識から社内で信頼が厚かったとされ、福島第一原発の事故の際にも、当時の吉田昌郎所長が、たびたび助言を求めていました。
2008年に国が指示した地震津波対策の安全性の再評価、通称「バックチェック」への対応で福島第一原発に最大15.7メートルの高さの津波がくるという計算結果の報告を部下から受け、この時、土木学会に検討を委ねたとされています。
これまでの裁判では、国の地震調査研究推進本部の「長期評価」に基づいて、敷地の高さを超える津波が到達するという計算結果がまとまったことについて「長期評価は根拠も分からず、信頼性もないと部下から報告され、土木学会の専門家に意見を聞いて、必要があれば対策することになった。当時の判断は合理的だったと今も思っている」などと証言していました。

 

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6432495

Yahoo!ニュース

シャワリンテレビ配信中

報告集会参議院議員会館101

https://twitter.com/showering00/status/1547126211524333571?t=Tn5AQ-5WnJfTkUklEyLGLw&s=19

続き

https://twitter.com/showering00/status/1547141290621829122?t=x0AJ4nUzGXP5TEg6wSrfIQ&s=19

動画記録

 

■ ■ ■

 

脱原発・東電株主から裁判報告第一報がありました。以下に報告します。
 
本日はお疲れ様&おめでとうございました。

報告集会は荷物届けて帰ったので、アンケート代わりの傍聴記を以下簡単に記します。
0.傍聴抽選前に聞こえてきた判決前アピールで(多分、河合弁護士)
 「負けても大丈夫」みたいな言葉を聞き、試験前の受験生に落ちるって言うなという言葉を思い出す。
 その後、確かに自分が傍聴抽選から外れた。傍聴確率は66/142で2.15倍位。
 自分の番号は4番で、前後の2-3,5が当選していた(日頃の行いか?)。
 傍聴抽選券頂き有難うございました。
1.入廷前後
 (1)ジャーナリスト添田さんに手荷物検査前で、「今日の判決に関する記事は夏休み宿題レベル期限で良いので、充実したものを」とリクエストすると
     いつまでも夏休みということになりそうと木野さんが混ぜっ返す。ニコニコ放送で裁判振り返らないのか⇒裁判ネタが企画通らないなどお話しして待ち時間を潰す。
  (2)書記官が交代していた。昨年11/30最終弁論を最後に見た銀髪の落ち着いた男性から女性書記官に交代。
 (3)自分の右手前に元朝日新聞記者の奥山さんが着席。
2.裁判体について
 (1)冒頭の諸注意(マスク着用と話さないでなど)の後、主文言い渡し。
  (2)骨子読み上げ前に、主文は600頁超える&昨年11月の最終弁論以降、一生懸命書いたと朝倉裁判長が仰る。
 (3)判決言い渡し後、原告席&傍聴席から拍手。それに応えず最後までポーカーフェイスを貫いた立派な裁判体。
 (4)昨年の株主運動ニュースでイチケイのカラスならぬ’ハチミン(第八民事部)の八咫烏’になってほしいと希望を記した覚えがあるが
     裁判官のイニシャル合わせたスクワッドATKは歴史に残った。
3.被告側弁護士について
 (1)判決言い渡し中、殆どの被告側出席者がメモを取っていなかった。昨年の証人尋問時から諦めていた?
  (2)判決言い渡し時間が15時=株式取引終了時間後に言い渡しと聞いて敗北を予感したのかも。。。
4.その他もろもろ
  (1)元朝日新聞記者、奥山さんについて
  ①判決前集会で、株主運動の宇野さんがweb論座の奥山さん記事=昨年7/6の武藤被告尋問記事を紙にして持っていられたのを見て
   やはり優れた記者の記事は難しそうなことでも分かりやすく伝えられるものと再実感。
  ②判決言い渡し中は、メモを余りとらず後ろを振り返って頻繁に時計の時刻を確認されているようだった。
  ➂最後に「論座の記事楽しみにしています」と応援を送った。購読している媒体で株代関連が更新されたらすぐ共有します。
  (2)裁判所構内で幕出しさせないために、原告団に裁判所職員が閉廷後からストーカーの如く離れない。
  (3)初代裁判長の垣内正さんと二代目裁判長の大竹昭雄さんはどんな思いでこの判決を聞いたのだろう。
  (4)いろんな事情でこの判決を直に聞けなかった原告に、どう届けたものだろう。
  (5)明日以降の電事連コメントと原発再稼働推進を唱える経済人のコメントが楽しみ。
     2000/9/20に下った大阪地裁大和銀行NY支店米国債巨額損失事件に関する株主代表訴訟1100億円賠償判決後に
   経団連が「経済活動を委縮させる」と’何言ってんねん、オドレ’的なコメント以上のものを期待。
   今回の判決は原発推進派にとってのStation Black Out(お先真っ暗!!!)みたいなもんだろうなと感じる。
5.個人的には20年ぶりに歴史に立ち会えた思い
 本当に個人的な思いだが、丁度20年前の2002/6/30とある伝手からサッカー日韓ワールドカップ組織委員会委員長は東電会長の那須さん)の
 決勝戦チケットが手に入り生観戦できたときに、決勝が行われた横浜国際総合競技場帰りの東海道新幹線で歴史に立ち会えたとしみじみ思った。
 2022/7/13も間違いなく歴史に立ち会えた日だと帰宅中に実感した。

 

以上